精神疾患の治療薬で起こり得る高プロラクチン血症:当事者が訴えづらい「性機能障害」を引き起こします
高プロラクチン血症で引き起こされる「性機能障害」を当事者は訴えづらい
私たちの病院では、当事者の方を対象に社会技能訓練(SST)を行っています。ある時、SSTのテーマを決定する会議で、「当事者の方々は薬の副作用で困っているが、それを主治医に伝えることが出来ず、結果として服薬がおろそかになり再発してしまう」という問題が取り上げられました。そこで、SSTのテーマを「当事者自身が困っている薬の副作用を主治医に伝えることを目指す」に設定しました。このプログラムに参加した複数の当事者から、「性機能障害に苦しんでいた」との声を聞き、当事者と話し合いを経て採血検査を実施し、血中プロラクチン値の高値を確認しました。その後、投薬内容の変更を行い、当事者からは「性機能が回復した」と大変喜ばれ、血中プロラクチン値も低下していました。今回は、精神疾患の治療薬で起こり得る高プロラクチン血症について説明します。
プロラクチンが高くなると出産後の女性と同じ状態が引き起こされる
プロラクチンはホルモンの一種で、脳の下部に位置する脳下垂体から分泌されます(図1)。分泌されたプロラクチンは血液を通じて運ばれ、様々な臓器に作用します。特に、女性が出産するとプロラクチンの分泌は増加し、乳腺を大きくして乳汁が作られます。また、出産後は、直ぐに次の妊娠が起こらないよう、プロラクチンは卵巣の機能を抑えて月経を止めます。この様にプロラクチンは出産後の女性にとって、重要な働きを持つホルモンです。しかし、出産していないのにプロラクチンの分泌が過剰になる、高プロラクチン血症が起こると、男性でも乳房が大きくなったり、男女問わず乳汁が分泌されることがあります。また女性では月経が止まってしまいます。さらにプロラクチンが高いと、性に対する関心が薄れることも起こります。
プロラクチンと精神疾患の治療薬との関係
プロラクチンは通常、脳内の視床下部のドパミンという物質の働きによって分泌が抑えられています。精神疾患の治療薬の中には、脳内のドパミンの働きを落とすタイプがあり、統合失調症、双極症、うつ病の治療で使われています。また、吐き気を止める薬も、同様に脳内のドパミンの働きを落とす作用があります。これらの薬は主に視床下部以外の場所のドパミンの働きを落とすことで効果を発揮すると考えられます。しかしこれらの治療薬は、効果に繋がらない視床下部のドパミンの働きも落としてしまい、プロラクチンの分泌を増やす結果、副作用が生じます(図1)。
プロラクチンが高くなることで起こる様々な副作用
プロラクチンは乳腺や卵巣だけでなく、多くの臓器に働き、重要な作用を持つことがわかっています。しかし、プロラクチンが過剰に分泌されると、様々な副作用が発生します。乳房が大きくなる、乳汁が出る、月経が止まるといった副作用は、当事者の方も気づきやすく、主治医に相談することも多い様に感じています。またプロラクチンの高値は食欲を増やし、代謝を低下させ、結果として肥満を起こさせ、インシュリンの働きが悪くなることから糖尿病のリスクを高めます。肥満、糖尿病は、心血管疾患等多くの問題を引き起こします。
プロラクチンの持続的な高値により、乳がんのリスクが増加するという報告もあります。特に、プロラクチンを増加させる可能性のある精神疾患の治療薬を使っている女性では、乳がんの発症率が高くなるとの報告があります。さらに、プロラクチンが高い状態は骨をもろくするともされ、治療薬を服用している当事者の方は骨折が起こり易いという報告があります。プロラクチンと骨折の関係はまだ完全に解明されていませんが、注意が必要です(図2)。
最後に
ドパミンの働きを落とす作用を持つ治療薬には、プロラクチンが上がり易いタイプがありますが、全ての精神科処方薬がプロラクチンの分泌を増加させるわけではありません。副作用を確認するためには、採血検査によってプロラクチンの値をチェックすることが重要です。主治医と相談して必要に応じて採血検査を受け、その結果に基づき、今後の対応について主治医と話し合ってみて下さい。